日本人はなぜ社畜になったのか ~日本文化に見る仕事観とは?~

  • 4月 5, 2020
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日本では労働は『義務』

「過労死」という言葉が「Karoshi」となり海外にまで広がっていったのは有名な話ですね。それほどに、日本人は「勤勉で真面目な民族」として海外から見られています。

逆に言えば、死ぬほど働くという「働きすぎ」な民族として認知されているんです。そりゃそうです。海外では「死ぬほどしんどいなら普通辞めるだろ。死ぬまで働くとかどんだけww」となりますから。

そしてその最たる象徴が憲法です。日本国憲法第27条において、労働は教育・納税と並ぶ日本国民の三大義務として位置付けられているのです。

「日本国憲法って、確か第二次世界大戦に負けた後にGHQ(アメリカを中心とした海外軍部)に作られたんじゃなかったっけ?」と思う人もいるかと思いますが、GHQが草案を作った際は「勤労の権利」という言葉だけが存在していました。その後に日本政府が「勤労の義務」と書き直したんです。

ここから、日本人の社畜精神は始まった!!

 
わけではないんです!!

実は、日本人の社畜精神の根源は第二次世界大戦よりもはるか昔にさかのぼります。では、一体どこで社畜精神は芽生えたのかを見ていきましょう。

  

日本の労働の歴史

日本人の死をも恐れぬ働きっぷりは一体どこからきたのか。

それは今は昔、神様と人間が共存したと言われる神話の時代にまでさかのぼるのです。

その当時、人々の労働はもっぱら稲作でした。稲作はおそらく日本において最も行われてきた労働でしょう。この稲は、天照大御神から人々に授けられたものだと言われています

天照大御神と言えば、日本で一番格の高い神社である伊勢神宮に奉られており、日本の象徴たる天皇家の祖先とも言われる神様です。また、太陽を司るとされており、八百万の神々の中でも特に特別扱いされている神様と言えるでしょう。

そんな天照大御神から授かった稲を育てるということは、昔の人たちにとってこれ以上ない神聖な行為だったのです。
 

 
また、そんな天照大御神がとある理由から天岩戸と言われる洞窟に隠れてしまう事件がありました。太陽の神がいなくなってしまったことで、日本は太陽が見えない暗い国に…。

この時、他の神々が得意な仕事で活躍することで天照大御神を洞窟から引っ張り出すことに成功しました。その後、太陽は復活し、日本は陽に恵まれた暖かな国となったのです。

それぞれが力を発揮して恵みをもたらす神聖な行為として、働くことが日本の神話に描かれているんです。

そうした労働に対する神聖視は今でも続いており、今でもオフィスの中に神棚を置く会社はたくさんあります。

日本の人々にとって、「仕事」とは「神事」的側面があり、これが今に続く「社畜精神」の根源なのです。
  

  

欧米では労働は『罰』

日本では労働は神聖なものだとすると、海外では労働をどのように考えているのか。

それは、「罰」です。

キリスト教の教典である「旧約聖書」によると、最初の人間アダムとイブは、神に「絶対に食べるな」と言われていた果実を食べてしまったことで、神様から楽園を追放されました結果、自分たちで食べ物を得るために大地を耕し生きていかなければならなくなったのです。

こうして、神が科した罰として労働が生まれた。それが欧米の考え方なのです。
  

 
このことは外国語の語源からも見ることができます。

英語で「労働」を表す「labor」という単語は、「苦役」・「苦痛」という意味の言葉を語源としています。また、フランス語の「travail」に至っては「拷問器具」意味する言葉が由来なのです。

また、キリスト教の神自身も、世界を六日で創造した後の七日目は休息に使ったとあり、神ですら一週間のうちに安息日が必要だと定めているのです。

このように、欧米において、仕事とはあくまで苦痛なのであり、否定的に捉えられています。日本のように職場に十字架を置いたりなどありえないことなんです。

  

これからの「仕事」を考える

日本では、「働く」という感じは「人」偏に「動」と書きます。この漢字は、鎌倉時代に作られた唯一の和製漢字なんです。

いつの時代でも、日本では働くことは人間として当然のことと考えられてきたんですね。

昨今ではワークライフバランスが重視され、働き方を見直そうという動きがあります。しかし、日本人の根本にこうした労働に対する神聖視がある以上、欧米の働き方とは一線も二線も画した働き方は残り続けるでしょう。

それは、働くこととは神への感謝と捉える考え方が抜けないから。働くことそのものをルールとしてしまっているから。

ルールとは、人々を動かす為にあるべきものです。

日本がまだ大日本帝国と名乗っていた頃、軍の遠泳訓練では赤いふんどしを巻くことがルールだったそうです。これは、サメを恐れて海に飛び込めない軍人が多くいた時、サメは赤い色を恐れて近づかなくなるという理由から作られたそうです。これにより、人々は海に我先に飛び込むようになったといいます(実際、サメは赤色などの区別はつかないため全くの嘘だったようですね)。

これこそが、ルールのあるべき姿なのです。

神への感謝が人々を突き動かしてきた時代はすでに終わり、今は個々人がそれぞれの願い・思いを原動力に動く時代になっています。そうした多様な生き方を支える社会こそが、今求められているのではないでしょうか。社会が敷いたレールの上を歩くだけの人生に、もはや誰も魅力は感じていないのです。

今こそ、個々人が「労働」について考え直し、意識を変えていくべきなのではないでしょうか。

それでは、今日はこのあたりで!
 

  

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